日々のこと

特にありません

内向的な性格を変える必要はない。むしろオープンにすべき


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ふと思い出せば、一人で時間を過ごすのが好きな子供でした。

興味が向くままに図書館の本を片っ端から読んでいたし、新しい知識を得ることが楽しくて数日分先まで授業の予習を進めていた時期もある。(授業中にメモを取る余白を残し忘れてちょっと困った)机と椅子に向かうことが大好きだったから、はたから見たら「浮いてた」のだと思う。一匹狼なんて格好いいものではなく、透明人間のように扱われていた。

どうやら、一人でいることが好きだという私はおかしいらしい。

違和感を抱えたまま学生時代は終了。社会人になってからも、外向的であることが良しとされているように感じる瞬間はたくさんあります。

集まりには進んで顔を出す。話題の中心となるのは周囲の人間や物事。それほど興味がなくても、人々に混ざって噂話をして盛り上がる…。

そうした日々を送っていると、フラストレーションがたまってくるわけで。


一人になりたい。一人でぼーっとする時間がほしい。好きなだけ読書に没頭したい。雑音に邪魔されず、好きなものを好きなように楽しむ時間を作りたい!!!


そういうことを言うと「消極的」とか「無気力」なんていうネガティブなレッテルを張られる羽目になるんですけども。好んで一人でいるというのに、「ぼっちだから」と自虐してないといられない居心地の悪さがある。

内向的でいることに何も問題はない

生きやすい環境を作っていくには、無理にでも外向的なフリを続けなくちゃいけないのかな。それって面倒くさっ。

なんて思ってたのですが。

ひとりでいることは悪いことではない。無理に外向的な振りをしなくて良い。内向的であることをオープンにして、ひとりになる権利を行使しよう。

内向的な人に向けて、このような力強いメッセージを発している本を見つけました。タイトルは『内向的な人こそ強い人』です。

内向的な人こそ強い人

内向的な人こそ強い人

著者は心理学博士のローリー・ヘルゴー。10年ほど臨床心理士としてキャリアを積んだ頃、自分の分析医(と自分自身)に人と接することが重荷に感じていたことを打ち明けたのだそう。そのときに発見したのが、「自分は内向的な人間である」ということ。それ以降、性格や内向性、欲望の心理に関する本の執筆や講演活動を行っています。

内向的人間だという彼女の文章には、何度もうなづいてしまいました。

気持ちが弱っているとき、私は人の好き嫌いが激しくなる。話を遮る人や、元気づけようとする人や、すぐ答えを出そうとする人には、そばに来てもらいたくない。そばにいてほしいのは、ゆっくり考える余裕を与えてくれる人であり、一緒にいるときでも私をひとりにしてくれる人だ。

「ひとり」でじっくり考えたいときには、善意からのアドバイスが一番やっかいだ。あぁだこうだ言われるのが一番うっとおしい。…という気持ちをイイ感じに表現してくれてますね!

外向的な人と内向的な人との会話

第十二章の「会話という困りもの」に登場する「外向的な人と内向的な人との会話」はリアリティがありました。

  • 外向的な人は、内向的な人を置き去りにして話し続ける。
  • 内向的な人は、話に割って入ろうとしても疲れるし、話を聞いていても疲れる。
  • 外向的な人は、会話の間を埋めてしまう。
  • 内向的な人は、会話に入ろうとするよりは、あきらめて会話から抜け出す方法を探す。

話しかけられたあとに「えーと」考えていると、怒涛のトークが流れ込んでくる。沈黙を埋めようとしているのはわかる。わかるけど、ちょっと待ってくれよー。

話に割り込むきっかけをつかめないまま、話はどんどん流れていく。自分の意見は整理できず言えないままなので、会話が終わった後はモヤモヤ感が残るし、「人と話すは面倒」という項目にポイントが加算されていく。

外向的な人と話すときには、以下の項目を心掛けていくと良いのだそう。

  • たやすく頷いたり、肯定の言葉を言わない。
  • ボディランゲージや「ちょっと考えさせてください」という言葉で、会話のペースを落とす。

これらを意識することでこちらの言いたいことが伝わり、相手に勘違いをさせることも少なくなります。

内向的な人が生きやすくなるには

外向的な人のように愛想よく振舞っていても、疲労感が増すだけ。内向的性格であることを周囲にアピールすべし、と著者はいいます。「内向的な人なんだ」と周囲に認識してもらえれば、ひとりの時間を守ることができます。

とはいえ、最低限のあいさつや「社交的にふるまう時間」を作るのは必要です。あまりにも秘密主義すぎると、必要以上に興味を持たれかねませんしね…。

日本は内向的な人に優しい社会?

『内向的な人が強い人』の中では、何度も「北欧と日本が内向的な人に優しい社会」だと語られるのだけど、本当にそうなのだろうか?

居心地の悪い瞬間というのは、社会人になった今でもないわけではない。大勢の集まりであればあるほど、孤独感は増していく。

それでも著者の暮らすアメリカでは、日本とは比べ物にならないくらい押しの強い人が目立つのかもしれないなあ。私が向こうで暮らすことになったら、あっという間にクタクタになりそうだ。

『内向的な人こそ強い人』目次

  • 第一部 非社交的で場違いな変わり者?
  • 第二部 内向的な人の欲しいものリスト
  • 第三部 騒がしい社会で凛としている
  • 第四部 内向性をオープンにする