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日々のこと

特にありません

「あなたのために祈らせてください」攻撃に遭いまくった中学生時代


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私が中学生のころ、宗教勧誘の人がわらわらと駅前に大量発生していました。年始に実家に帰ったとき、今は寂れてしまった駅のロータリーを見てそのことを思い出したので、忘れないうちに書いておこうかと思います。http://www.flickr.com/photos/73003003@N07/8560076624

photo by Konstantin Leonov

 

私の実家があるのは、人口10万人にちょっと足りないくらいの北関東の街。JRなんて立派なものは通ってなくて、当然有名どころの私鉄なんかない。田舎の第三セクター、最大3両の電車がガタンゴトンと走っております。「農業・商業・工業のバランスのとれた都市」なんてWikipediaには書いてあったけれど、市の東から西へと「田んぼいっぱいエリア」「イオンとかあるよエリア」「工業団地エリア」ときれいに分かれているなと改めて気がつきました。そんな場所です。

 

自転車という文明の利器を手に入れた中学生時代、コンビニすらない田んぼいっぱいエリアから、市街地へ出かけるのが私たちの休日の過ごし方でした。2、3階建てのショッピングセンターで本屋や雑貨屋なんかをブラブラと見てまわるだけなのに、それがたまらなく新鮮で楽しかった。インターネットなんかない時代だから余計にね。

そのころの私たちの愉快な時間に飛び込んでくるのが、前述の宗教勧誘の人々。直接的なお誘いをしてくるわけじゃないから、正確には「宗教勧誘の人」ではないのだけど、ちょうどいい言葉が見つからないのでとりあえずそう呼ぶことにしておきます。

 

この人たちの攻撃が強烈でしてね。まず、駅前のロータリー付近に5、6人体制で待ち構えている。駅のほうに近づこうとすると、すかさず2人一組で声をかけてくる。「あなたの幸せのために祈らせてください」と。

なんだか面倒くさいのがきちゃったなあと思ったけれど、大人にヘンなことを言って怒られたらもっと面倒くさいし恐ろしい。そういう気持ちでモジモジしてたらいつの間にか祈られていて、「何か温かい感じがしたでしょ」という言葉に「はぁ」とも「へぇ」ともいえない答えを返すと、彼らは満足したように私たちの元を去っていくのでした。

勧誘されるようなことはなくて純粋に祈られるだけだったので、「なんだかよく分からないけれど、時間をとられるし嫌だなあ」と思っていました。たくさん祈れば祈るほど、イイことがあるシステムだったのでしょうか。

 

例の第三セクターの電車に30分ほど揺られて隣町へ降り立つと、その駅前にも大量に宗教勧誘の人が待ち構えていました。隣町に行くのはもっと大きいショッピングセンターでウロウロしたいときとか、映画を観るだとか特別なときだったので、そこでも彼らに出くわすのにはうんざりした覚えがあります。

彼らは歩行者用信号の脇でスタンバイしていて、信号待ちで足を止める人に片っ端から声をかけていました。ショッピングセンターや映画館のあるエリアに行くには、その信号を渡らねばならぬ。見知らぬ大人に「嫌だ」という気持ちを伝えるのは怖い。そこで私が取ったのは、他の人がイケニエとなっている間に、ダッシュで信号を渡るという作戦でした。これは結構うまくいって、無事に向こう側へたどり着くことに成功したよ。

 

この宗教勧誘の人たちは、私が高校生になるころにはすっかり消えてしまいました。彼らはどこから来てどこへ去っていったのかは、よく分かりません。今だったら「結構です」「間に合ってます」とビビらずに断れるんですけども。

今週のお題「これって私だけ?」