話下手は聞き上手になれば良い。相手の話を引き出す相槌担当にも意味はある…!?
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世の中には話したがりが多い(私もそうなんだけど)。だからこそ、話を聞いてくれる人というのは重宝される。
photo by pedrosimoes7
残念ながら私は話下手。あの、自分でも分かってるんですけども、話に起伏もオチもないんですよね。最初から最後までフラット。単なる報告に終わっている。
そんな私にとって、なんてことない話を面白く加工して話せる人は、「すごい」の一言だ。話し手がそのネタについて面白がっているのも分かるから、聞いてるこっちも楽しくなってくる。
そんなことをひっそり思いながら、飲み会やランチでは相づちをうつ係に徹しているわけです。
たまに思うんです。果たして相づち係に意味はあるのかと。相づちはなくても、話したい人はじゃんじゃん話を続けていくんじゃないかと。
ふと手に取った、『会話は「聞く」からはじめなさい』にこんな一文があった。
自分ひとりでは取り出すことのできないアイディアや記憶、発想を頭の中から引っ張り出してくるためにも、誰かに何かを聞いてもらったりして刺激を与えることが欠かせないことなのだ、と。
わたし、いる意味あった!と勇気づけられますね。私がいることで、話が膨らむなら良いことではないですか。
問題は、私と同じタイプ同士だと会話に困ることなんですけどもね…。さてどうしたものか。